本 の 紹 介

寺 院 消 滅
失われる「地方」と「宗教」

鵜飼秀徳 著  日経BP社  1,600円


 寺院消滅と言う衝撃的な書名に魅かれて読んでみました。日本創成会議が現在のまま人口の大都市集中が進めば2040年には全国の自治体の49.8%が消滅し、これと軌を一にして少子高齢化の中で寺院がすさまじい勢いで消滅に向かっている有様とそれに対する動きが報告されています。現在全国で77千の寺院があり、2万ヵ寺が無住で、2千ヵ寺が活動を停止しているそうです。寺院が消滅に向かうと言うことは葬儀のあり方の変更をもたらしますし、地域の?がりの拠り所の喪失ともつながってきます。一方都市部では自分の家のお寺を持たない人が増えた結果墓地を絡めた檀家の獲得合戦が進行する一方、極端な例として「遺族は病院や施設で遺体を引き取ると、すぐに葬儀屋に引き渡し、納棺だけを済ませとダイレクトに火葬場に送る。通夜・葬儀は実施しない。」僧侶は火葬場で待ち受け、火葬場で10分間お経を読んで終わり、という葬儀形態が増えていると報告されています。こうした状況が私たちの宗教意識の喪失と繋がっているとしたら大きな問題があると言わざるを得ないのではないでしょうか。
 しかし一方では、一部上場企業の役員経験を持つ人が僧籍を得て、地方の無住のお寺の住職となり、過っての人脈を通じて新入職員研修を行うなどの活動を始め、定年退職者を対象とした僧籍へのスカウト活動を行ない成果を挙げているそうです。その結果、臨済宗妙心寺派は姫路市に定年退職後の人を僧侶として育てる道場を開いたと報告されています。宗教は本来地域社会の中での相談センター的な役割を担っていたはずです。こうした動きは本来の宗教者のあり方への復帰の動きを意味しているのかもしれません。元全日本仏教界事務総長から次のような発言があります。タイの寺院が経営するエイズ患者のホスピスを訪れたとき、自分はエイズ患者の手も握れなかったことを挙げて、日本の宗教者はきれいごとはいっても究極の場面では宗教者になりきれていない、命を懸けていないと発言されています。確かに、第二の人生となれば守るものは何もない境地で活動ができます。しかも社会の裏表・権謀術数、社会の苦しみや痛みを身に染みて感じておられるはずです。こうしたことから考えると、この本は、宗教界は社会の大きな変動からの挑戦状にどう対応するかといった警鐘と捉えることができるのではないでしょうか。