本 の 紹 介

祈りの現場

悲劇と向き合う宗教者との対話
石井光太 著  サンガ  1,800円


 日曜日のミサに行ったり、時々お御堂に入ってお祈りをすることはあっても「祈り」と言う行為が分かったようで分からない思いでいます。そうした心を静かに落ち着け、静かなひと時も、直面している問題に一生懸命向かっていくことも含めて生きること自体が祈りと考えればことさら祈りと言う言葉を口にしたくないとの思いがあります。そうは言いながらも祈りとは何だろうかと思い続けているためこうした本に関心が向いてしまいます。
 東日本大震災で家族を失った人達、ボランティアとして参加して震災の有様を見た人達、罪を犯し服役している人達の教誨に携わる人達また今目の前で苦しんでいる人達に接してさまざまな活動を行なっている人たちの思いはどのようなものがあるのでしょうか。信仰を持った人たちにとっては祈りと言うところに自然と繋がっていくのでしょう。この本はこうした問題に巻き込まれた5人の宗教者との対話から構成されています。@東日本大震災―臨済宗片山秀光師、A釜ヶ崎―カトリック本田哲郎神父、B刑務所教誨―浄土宗中村瑞貴師、C伊豆大島土砂災害―日蓮宗吉川泰全師、D広島原爆―カトリック深堀升治神父の5人です。本田神父様は「釜ヶ崎と福音」と言う本を通じて強い関心を持っている神父さまですし、深堀神父様は幟町教会の主任司祭でおられたので顔見知りの神父様でした。ここで語られている幾つかの言葉を拾ってみます。
「人間ていうのは究極的に、本当の土壇場では祈るしかない。祈りしかない。祈ることで安堵が生まれるというか、救いが生まれる。せめてものことをしてあげたい、そんな気持ちが間違いなく遺族にはある。」(P29片山師)、「宗教者から無宗教者に助けの力が行くと思い込んでいたけど、実はそうじゃなくて、現実の痛みの中にいる、そういう先輩たちを通して、キリスト教で言う神の働きと言うのは流れて来るんだって気付いたんです。」(P96本田神父)、「あのヨハネ・パウロ二世が広島で平和アピールされたときに、「ああ、そうなんだ!」と思ったんですよ。あのときに世界観が変わったんです。何が変わったか。「戦争は人間のしわざです」と言ったんですよ。摂理じゃないと。」(P299深堀神父)