本 の 紹 介

難民高校生

仁藤夢乃 著 英治出版  1,500円


 「今の若者は・・」というフレーズは各世代世代を通じて言い続けられてきています。しかし私にとってはネットの世界の中で起こっていることは当然のこと、目の前で繰り広げられていること自体何も見えていませんし、自分自身が未だにフラフラと迷い続けているためそうした言葉を思い浮かべる前に、その様子を参考に自分を見直してみたいとの思いが膨らんできます。
 この本は、かって当事者であり、立ち直り、それらの人たちに救いの手を差し伸べている著者の来し方を本にしています。著者の情熱とバイタリティーに圧倒されるばかりです。迷いの渦の中にいるためか著者が述べていることは良く分かります。著者は難民高校生時代の親友との関係をブラスの関係ではなく、それ以上落ちないように支え合うだけの関係で、何時一緒に落ちてしまうかもしれない関係と述べています。こうした関係を自覚し、親友との関係を断ち、立ち直りへと向かい、大学に進学し東日本大震災へのボランティアに入り、地元の高校生たちと「たまげ大福だっちゃ」の企画を立ち上げ大きく発展させていきます。そうした著者の生き方の転機となったのは大検受験校で農園指導の講師をしていた牧師さんとの出会いでした。牧師さんからの影響は計り知れないものがあると思います。著者は、教えてもらったものはなにもないが、さまざまな出会いの場をつくってもらった。「学びの場、語りの場、自分と向き合う場や自己表現の場をつくることで、誰かに「教わる」のではなく、自分たちで「学べる」機会をたくさんつくってくれた。」と述べています。確かに自分の人生を振り返ってみても上から目線の一定方向への強制に対しては今でもそうですが反発しか覚えませんし、就職も決まっていたのに、他学部への学士編入をただ黙って認めてくれた父親の心の内はどうだったのかと考えてしまいます。ただじっと見守り続けることは難しいといえますし、苦しんでいる人に言葉をかけることに意味があるのでしょうか。著者が言うように自分が判断しなければ何も前に進まないはずです。
 最後に著者は言っています。「大人が若者たちの可能性を信じなければ、彼らは自分の可能性を信じることはできない。今の大人たちにも、自分が子どもだった頃、自分の可能性を信じてくれる大人がどこかにいたはずだ。」