本 の 紹 介

一皿の記憶
ちくま文庫 四方田犬彦 著  840円


 本を読むとき私たちは何を求めているのでしょうか。内容の面白さや知的好奇心もさることながらそこに書かれている世界に心地よく導かれていく文章に魅かれて読み進んでいくものもあります。この本は私にとってそうしたものの一つでした。一服の清涼剤として心地よい不思議な感覚の時間が過ごせる一冊でした。食に関する本でありながら食に関する薀蓄や紹介をするものではなく、此処に登場する食を巡っての思い出などを綴った随想です。何かしら懐かしさを感じさせられるところがあります。誰でもこれまでに食したものについての思い出があるのではないでしょうか。この本を読みながら50年も前に島原で食べた具雑煮や諫早の鰻また台湾の市場の中の様子など様々な思い出が甦ってきました。具雑煮や鰻の料理そのものではなくその場の雰囲気であり情景です。また父親を始め様々な世界の友人たちとの食を巡る思い出が沸き起こってきました。
 この本は4つの章からなっています。幼いころの思い出を通じての日本の食の話から韓国、台湾や中国を巡り、東南アジアから中近東を経てヨーロッパへと入っていきます。著者は、食材についての薀蓄を語りながら抱腹絶倒の話を展開する「味覚人飛行物体」こと小泉武夫さんと同じように大学の先生で食への関心が高まれば当然のこと自ら料理もされています。中でもフォアグラをソーテルヌに漬けて湯煎し、冷蔵庫で冷やしてバケットにつけて食べたたら絶品であったとの話は、簡単そうであり一度やってみたいとの思いに駆られます。一皿の料理を巡って紡ぎ出される文章に導かれて自分の記憶の底に沈んでいる思いでを呼び起こしてみてください。