本 の 紹 介

ハポン―フィリピン日系人の長い戦後 第三書館  大野 俊著


 フィリピンという言葉で思い出すのは、「戦争中に日本軍がひどいことをしているのでフィリピン人は日本人に対して強い憎しみを持っている。」と小学校の社会科の授業での先生の言葉です。今、日本に来ている人達はそのような感情は全くと言っていいほどないでしょうし、むしろ憧れの方が強いかもしれません。しかし技能実習生の中には日本人に対して憎しみを抱いて帰る人も少なくはないと思います。私の周りには様々な在留資格のフィリピン人がいます。しかしあまり認識されていない例として技能実習生と同じような形で来日する日系人のグループがあります。フィリピンと日本の派遣会社が手を組んで金もうけの手段の対象となっています。私の知っている範囲では、農業やカキ養殖関係に沢山来ており、それぞれの集落でコロに―を造り、他の市町村に住む親族関係の連絡網を通じて助け合っています。労働条件面では不当な扱いを受け、職場によってはフィリピン人の通訳による理不尽な行為が行われています。僻地の職場であるため教会に行くこともできず、他のフィリピン人と関係を持つ機会もなく、日本語も上達しない環境に置かれています。こうした日系人のルーツはフィリピンに出稼ぎに行った日本人や日本軍人との子どもたちです。終戦後は日系人であるため命の危険にさらされ、悲惨な生活を送ってきていました。また日本の父親を訪ねても無視されてしまいます。先日、倉橋町で日系人が心臓発作で亡くなりました。勤務先には40名前後の日系フィリピン人がいますが、11時からの葬儀には親族以外の日系人は一人も参列しませんでした。葬儀場と会社とは目と鼻の距離です。昼食は自宅に帰って食べるため、参列を希望する者には、昼休の繰り上げと多少の時間を与ええる配慮があれば済むことだといえます。問題はこれ以外にも幾つかありましたが、この葬儀で日系人は使い捨ての働き蜂でしかないのかとの悲しい思いを改めて実感しました。
 いまだに悲惨な歴史を引きづって生きている日系人のルーツに関心のある方は読んでみてください。この本は1991年発行で絶版になっていますが、アマゾンの古本で手に入ります。