本 の 紹 介


離れ折紙   黒川博行 著  文芸春秋 1,650円


 夏の定番は異界に住む妖怪や幽霊の話に背筋を凍らせることかもしれません。しかし美術品の世界には異界の住人ではなく、私たち自身人間が魑魅魍魎として蠢いています。時々、身近なところで良からぬ話を耳にすることもありますし、インターネットのオークションの世界に至ってはより身近にそうしたことを感じさせられます。当然、そうしたトラブルに巻き込まれないためにも自分の見る目を高める以外にはないかもしれませんが、しょせん素人がいくら頑張ったところで限界があります。欲を出さずにガラクタ程度の所か、現代の作家物辺りでとどまっておれば大きな怪我をすることは無いといいながらも中国には贋ものづくりの村がいくつもあると言われており、レベルも高いとなれば、私なぞ偽物を基準として判断しているといっていいのかもしれません。永仁の壺事件もありますし・・。
 この本は、そうした美術の世界の虚虚実実を描いています。美術品には鑑定書といったものが付いたものがあります。古美術品のみならず最近の物故作家の油絵ややきものにしても業界団体や権威者また作家の配偶者や子供が鑑定書を書いています。そうしたものが付くのは業者が売りやすくするためであり、お茶の世界では宗匠の箱書きがつくと値段が跳ね上がると聞いています。そうした鑑定書自体は正しいとしても、鑑定書と品物が別々に歩きだし、鑑定書が偽物と結びついたら素人は簡単に騙されてしまいます。その作家への思い入れが強ければ強いほど・・。そうした独り歩きしている鑑定書がこの本の題名である「離れ折紙」と呼ばれ、この本では日本刀の話として語られています。その他、壊れたガラスレリーフを補修して高く売ろうとしたばっかりに作者の銘が消えて、二束三文になった「唐獅子硝子」、作者の銘が偽造された浮世絵の版木の話「雨後の筍」、贋作の売買を生業としている画商が悪事が露見し返金を迫られ、さらに贋作で仕返しを図るが逆に相手に利益を与える結果となった「不二万丈」、盗品故買に巻き込まれた業者の話「老松ぼっくり」そして鑑定家である子供が父の贋作を作成し、自ら鑑定書を発行した絵画を購入した美術館の話などを描いた「紫金末」などこうした裏事情を題材とした小説集です。こうした問題に巻き込まれ背筋の凍る思いをした人も少なくないはずでしょうが、警察沙汰になることのない、庶民の暮らしとは別世界の怪談話として疲れ気味の脳みそには心地よい一冊です。