本 の 紹 介


巨鯨の海  伊東潤著 光文社 1600円


 鯨捕りを題材にした小説にはメルビルの「白鯨」、C.W.ニコルの「勇魚」が面白く、ワクワクしたという記憶がありますが、既に内容は海の藻屑として消えてしまっています。海を巡る話には一筋縄ではいかないものが多く、今年見た「ライフ・オブ・パイ」という映画も不思議な気持ちにさせられました。この本は、東京駅中の本屋さんで見かけ、新幹線の中で読むのにちょうどよさそうな分量でもあるし、本の帯に「和を乱せば。死。獲物を侮れば、死。時は江戸、究極の職業集団「鯨組」が辿る狂おしき運命とは?」と書かれているのに魅かれて読んでみました。
 幕末の紀州藩の太地の村を挙げての鯨捕りの様子とそれに纏わる物語が6つの短編にまとめられています。
 学生時代には渋谷のくじら屋の焼肉定食が好物でしたし、唐津によく行っていたころには刺身が食べられたりと私にとって鯨はおいしい食べ物の一つです。今の時代の様に捕鯨砲で打って捕獲することからすれば牛や豚と同じ食物との感覚しかありませんが、大自然の中で生きるため村を挙げ、命を懸けた壮絶な戦いを経て供されていたこの時代の鯨捕りの様子を知ると「生きることとはなんなのか」と考えさせられてしまいます。彼らは鯨を「夷様」と呼び自分たちに福をもたらすものとして尊崇の対象として見ています。今流に考えると社会人として、組織人としての生き方の見本があるということもできるかもしれません。当然私たちの生きる社会にも決まりごとが法律として体系化されています。彼ら鯨組にとって鯨捕りは村全体の生活を左右する問題であるため厳しい「掟」が定められていました。各短編はいくつかの掟違反が選ばれ、それを破れば腕を切り落とされたり、追放されたり、命を奪われたり・・。武士の面子や忠といった自分中心な武士道の世界よりも鯨の命を奪うことへの畏敬の念と共同体を維持する厳しい掟の中に生きた太地鯨組の世界に胸を打たれます。